8/25の毎日新聞和歌山版に掲載の本文を紹介します。
次回の掲載予定は9月下旬で、内容は「切目王子」です。
「うごめくどくろの赤い舌」
広川町と日高町の境界をなす鹿ヶ瀬(ししがせ)峠は熊野古道の難所として知られている。
「法華験記(ほっけげんき)」にこの峠の怪奇な話が書かれている。壱叡(いちえい)という僧が
熊野へ参詣する途中、ここ鹿ヶ瀬峠で野宿をした。夜半、法華経を読経する声が聞こえて
きた。その声は貴く、身にしみるようであった。
壱叡は礼拝しながらその経を聞き、夜を明かした。朝になって辺りを探したが人影は
無く、ただ草むらの中に一体のがい骨が横たわっていた。青ごけの生えたどくろの中に
真っ赤な舌だけが残っており、それがちろちろとうごめいて法華経を唱えているのである。
壱叡はそのがい骨に「あなたはどうしてこんな所で法華経を唱えているのか」と尋ねると「私は
生涯に六万遍の法華経を唱えるとの心願を立てながら、志半ばにてこの山中に倒れた円善
(えんぜん)と申します。心願が成就するまで魂がここに留まり読経しているのです。しかしもう
すぐこの心願も成就するので、私は浄土の方へ旅立ちます」と答え読経を続けた。壱叡は
がい骨に礼拝し、熊野に向った。
壱叡は後年再びこの地を訪れた。しかしあのがい骨はすでに無く、壱叡は心願を成就した
円善の苦行をしのび、この地に供養塔を建てた。これが鹿ヶ瀬峠の頂上付近にある
「法華壇(ほっけのだん)」である。
(紀州語り部 大峯登)
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