11月17日付毎日新聞連載の題記本文を紹介します。次回は12月中旬の予定です。
熊楠に救われた「継桜王子」(つぎざくらおうじ)の一方杉
継桜王子(田辺市中辺路町)には、樹齢千年、幹回り8メートル余りの9本の杉の巨木がある。巨木はいずれも熊野権現のいます南に向って、手を差しのべるようにすべての枝をのばしており、「野中の一方杉」と呼ばれている。
この一方杉にも、明治の頃伐採の危機があった。明治39年に「神社合祀令」が発布され、それにより明治42年にこの継桜王子は近露王子と共に、新たに建てられた近野神社に合祀され、30本余りあった杉の巨木は売却され、伐採が始められた。
この時猛然と合祀反対、伐採反対を叫んだのが、博物学者「南方熊楠」である。熊楠は植物生態学の観点から自然保護や文化財保護の大切さを説き、伐採を中止させるべく猛運動を展開した。
この運動が功を奏し、伐採は鎮守の森の中央部を残して中止され、残っていた一方杉9本は辛うじて伐採をまぬがれたのである。
そして今やこの「野中の一方杉」は熊野観光の目玉として、多くの観光客を集めているのである。
社殿へ登る石段の左側にある一方杉の根元には、大きな洞があり、地元の語り部さんの話では、この洞の中に23人もの人が入り込めたという。
とにかく孤軍奮闘して、この一方杉の伐採を阻止してくれた南方熊楠に感謝、感謝である。(紀州語り部 大峯 登)
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