短歌便り-4(老妻)
よきことを夢見ているか微笑を浮かべまどろむ妻は起こさず
鼻眼鏡に棋書持ちしまま寝息漏らす妻は負け碁の夢路にあるか
日溜りに舟漕ぐ妻の頭にはとみに増えたる白髪の光る
疎開児の飢えの記憶を妻は語り皿に残れる桃の露吸う
満ち足りて菩薩のごとく和みたり孫に向かえる妻の眼差し
海へだつ遠き電話に孫出しか妻の声音は俄かに甘し
老犬の粗相咎めず憐れみて抱き撫でやる妻の目に涙
あれこれと迷いて求めしトルコ石を妻は宿にても飽かず眺むる
耳遠き妻との話に難渋し声荒らぎゆく老いは悲しも
今年一月、五十年にわたる結婚生活を祝う金婚式を無事に迎えることができた。妻は神田生まれ神田育ちの純粋江戸っ子で、気は強いが情に脆い。在米の長女に「子供の前で喧嘩したのを見たことがない。たいしたものです。」と褒められたのは何よりの贈り物である。
戦中戦後の苦労話は互いに共感することが多く、特に子供だった妻の学童疎開時の飢えや一人ぼっちの孤独の想い出話しにはよく泣かされた。
妻が六十歳で始めた囲碁を毎晩ネット碁で楽しむのが最近の二人の楽しみである。負けず嫌いの妻は負けるとこちらのせいと機嫌を損じるのは少々困る。
以 上
|