織田信長は石山本願寺を倒すためには、まず雑賀衆を抑えることが必要と考え1577年(天正5年)信長自身率いる大軍を、紀伊国に侵攻(第一次紀州征伐)させた。雑賀(鈴木)孫市は雑賀衆と呼ばれる鉄砲隊を率いて迎撃、織田軍に大きな損害を与えたとされる。この雑賀衆頭領孫市にあやかり、和歌山市の街おこしを目指す第八回「孫市まつり」が3月25日(日)賑やかに開催された。
桜花も開花寸前の和歌山城一ノ橋から和歌山城公園、山吹谷、西の丸、南海和歌山市駅を経由して本願寺鷺(さぎ)の森別院まで一時間半にわたり、男性は戦国時代の甲冑や山伏姿、女性は平安衣装に身を包み刀や槍、火縄銃等を持ちホラ貝を吹いたり勝どきを上げたりしながら、勇壮な武者行列を披露した。
市駅前の火縄銃演武に続き、本願寺鷺の森別院では「紀州雑賀鉄砲衆」が本物の火縄銃を用いての鉄砲演武や、軽快な動きで射撃を行い、轟音とともに白煙が上がり見物客らから大きな拍手が起き会場を沸かせた。
その外市立博物館主任学芸員による「火縄銃と雑賀衆、そして戦国時代」と題する講演会や、「歴史に封印されし戦国最強の男たち」の野外劇、黒潮躍(やっ)虎(こ)太鼓、県内ユルキャラサミット、甲冑体験コーナー及び孫市鍋のふるまい等多彩な催しが繰り広げられた。
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