11.元旦出勤〈タンクの立会い検尺〉
期末の原油、半製品、製品の在庫量は、1月1日朝7時現在の計量で記録される。そのため毎年元旦には、操油課のタンク検尺に、会計部のスタッフが立ち会って確認することになっていた。それが終った後、一同事務所の玄関前に勢ぞろいして撮った記念写真が数枚残っている。当時は今の温暖化の冬と違って、早朝は身をすくめるような冷たさであったと記憶している。
その後立会い検尺は前月の12月1日に変更されて元旦には出勤しないですむようになった。
12.夜行寝台列車での「和歌山出張」
和歌山工場への出張は、夜行の寝台列車を利用した。当時は10時間以上もかかったので、夜清水(東海道線)を出て、車内で一眠り。朝、天王寺駅で顔を洗い朝食をとり、阪和線に乗り換えて、和歌山経由、紀勢線の初島へという経路が定番であった。
和歌山工場に初めて出張した時の第一印象は、清水工場に比べて広いこと、設備も大きくトッピング、クラッキング付近の轟音が耳に響いたことであった。
13.「麻雀」の勧め
遊びの一つとして先輩達から麻雀を勧められ、忙しい仕事の合間によく卓を囲んだ。野村さん、堀さん、田中さんから手ほどきを受け、麻雀仲間もだんだん多くなった。特に横山さんは自宅に麻雀室を設けるほどの凝りようで、退社後や休日によく常連で押しかけ、遅くまで時を忘れて楽しんだものである。
14.楽しい「運動会・仮装行列」
社内行事の一つに運動会と仮装行列があった。共に各部対抗戦なのでその準備や練習に力が入ったものである。
特に仮装行列では「おもちゃの兵隊」で会計部が優勝した時には得意満面であった。この仮装はバッキンガム宮殿の衛兵の行進をイメージしたもので、約20名の兵服、襷、長い帽子はみな手作りで整え、小さな戦車「おもちゃ号」まで造って、音楽に合わせて楽しく練習した成果である。
又、「どじょう掬い」に挑戦したこともある。この時は皆でわざわざ市内の踊りの師匠のところに通って一生懸命に練習した。本番では浴衣に頬被り、右手に笊をかざして安木節の音楽に合わせて場内を一周、拍手喝采を浴びた。(ただし、その時の賞の順位はどうだったか覚えていない)
運動会では、野球、ソフトボール、サッカー、卓球、テニスなどの対抗戦も行われた。普段、昼休や放課後は事務所前の広場に出て、輪になってサッカーボールを蹴ったり、バッティングやキャッチボールをしたり、卓球場で打ち合ったりしたが、擦り傷や軽い打ち身など日常茶飯事で、皆若く元気いっぱいであった。
以上