この度 東燃化学OB会にて 喜寿のお祝をいただき誠にありがたくお礼申し上げます。
私は 昭和36年東燃が石油化学への進出を機に中途入社しました。年齢、前歴を異にする仲間と共に清水工場へ研修出向となりました。入居先は 通称ハーモニカ長屋といわれる袖師の西久保社宅でした。夜ふけまで共に語り合い、カードゲームなどを興じたことなど楽しい思い出となっています。
翌 37年 川崎工場のNO1スチームクラッカーのスタートアップに参加しました。
当時は浮島砂漠といわれた埋立地、分解炉の轟音、紅蓮の炎や、昼をも欺くフレアースタックの炎、又予想を上まわる記録的な速さで、製品エチレンがオンスペックになった喜びの歓声などが、いまなお脳裏に残っています。
そして今、在職中に発覚した心臓不整脈でペースメーカーを抱える身ではありますが おかげ様で喜寿を迎えなお健在です。父は、終戦間もなく 昭和22年に心臓弁膜症で48歳に早世したことを思えば、私などは現在の医療技術の進歩のお蔭と感謝の気持ちです。これからの余生を大切に過ごしたいとおもっています。
今の目標 趣味の水彩画で海上から眺めた光り輝く川崎工場の夜景をお世話になったお礼をこめて描きたいと思っています。
終りに 東燃化学OB会皆様のご健勝を心からお祈り申し上げます。