本社OB会の宇治田忠昭さんが、2月1日付「みんなの広場」に投稿された「地域のシニア仲間との活動」の中で紹介された江戸時代の治水事業の専門家「井澤弥惣兵衛」について、氏の生誕地である和歌山に残した功績等について紹介したいと思います。
実は、小生も地元に住みながら数年前に地方紙で紹介されていたのを見るまで知りませんでした。改めてこの投稿のために写真撮影に出かけてきましたのでご覧ください。
写真-1 |
生誕地を見下ろす山手に建立された顕彰碑です。海南市街から数キロ東の江戸時代の紀州藩溝ノ口村(現在 海南市野上新)にあります。 |
写真-2 |
顕彰碑の説明文に氏が残した数々の功績が紹介されています。 |
写真-3 |
生誕地の少し下流に、氏が竣工させた「亀池」の堤防上にある石碑です。 |
写真-4 |
石碑の説明文にもありますが、この池の水は和歌山市の紀三井寺周辺まで供給されていたとのことで、多くの農民が感謝を込めてこの碑を建てたものと思われます。現在も143haの水田を潤しているとのことです。 |
写真-5 |
この石碑の前から見た「亀池」の全景です。満水面積13ha、貯水量540万㎥もの大池を連日600余人、延べ55,000人を動員し、90日間で造営したそうです。 |
|
余談ですが、写真-5の中島に建物が建っていますが、これは、「双青閣」と云う紀州徳
川家15代当主が、和歌浦に大正9年に建てた書院建回廊式別邸(大正11年昭和天皇が皇太子の時に宿泊されたとのこと)で。昭和43年にこの地に移築されました。 |
写真-6 |
最後に、この池の近くにある海南市歴史民俗資料館に井澤氏関連の資料等が特別展示さ
れていましたので見学しました。
竹筒等を組み合わせた水盛器(水準器)の1/2サイズの複元品です。
(HPへの写真掲載の了承を得ています) |